客の消えるブティック(オルレアンの噂)




 外国を旅行中のある日本人カップルが衣料品店を訪れた。気にいった品物を手に取り試着室に入る彼女。だが入ったきりいつまで経っても出てこない。男性が店員を呼んで試着室を検めさせるが、中はもぬけの空である。

 店員に問いただすも要領を得ず、警察に掛け合っても無駄足に終わり、男性は悄然と帰国する。

 数年後、男性は外国(中国、あるいは東南アジアのどこかとされることが多い)を旅行中、見世物小屋を訪れることとなった。見世物の一つに「ダルマ女」というものがあり、悪趣味と思いつつ覗いてみると、そこには両手両足を切断されて生かされている無残な女性が一人。

 男性を見るや否や、女性は何やら必死に喋ろうとするが、舌を抜かれ、喉を潰されているせいであろう。その声は意味を成さない音にしか聞こえない。だが彼はその声に聞き覚えがあった。

 ダルマ女の顔をもう一度よく見てみると、それは数年前に行方不明となった恋人の慣れの果てであった。




【考察】

 有名な日本の都市伝説である。上記概要では典型的なパターンを紹介しているが、都市伝説の倣いとして、この話には様々なバリエーションが存在する。

(1)場所
 カップルが旅行していた「外国」はヨーロッパであることもあれば、東南アジアのどこかであったりもする。具体的にはパリ、ハンブルク、香港とされることが多い。一方、ダルマ女が発見されるのは大抵中国か東南アジアのどこかとされる。日本人の外国観を見て取ることができよう。

(2)店員の対応
 「そのようなお客さんは最初からお見えになりませんが」と、「パリ万博の消えた貴婦人と客室」を思わせるパターンもある。話が事実であれば衣料品店も共謀しているのは明白なのだから、このような対応はそれなりに理に適ってはいる。

(3)女性の末路
 消えたまま話が終わるパターンや、無事に救出されるパターン、中東のハーレムに売り飛ばされるパターン、「翌日、隣の肉屋には新鮮な肉が並ぶのです……」と人肉売買を示唆するパターン(注1)などがある。また、ダルマ女の話が試着室の事件と切り離されて語られるパターンもある。つまり、「客が消えるブティック」には、ダルマ女ver、ハーレム売り飛ばされverといった複数のパターンが存在する。

 このようにバリエーションは色々異なるものが確認されるが、試着室で女性が消えるというのが本話の骨子であることに変わりは無い。

 さて、真実性の検証であるが、事細かに考えるまでもないだろう。衣料品店を手下に変えて、試着室を改造し、女性を拉致する人員を揃え、死なないように四肢の切断手術を行う。こうした手間(しかも違法行為)をかけた挙句が見世物小屋の見世物とは馬鹿げているにも程がある。特に四肢の切断手術など、相当高度な外科手術を要する大変な難作業である。まるで採算が合わないだろう。よほどの資力と企画力を兼ねそろえた変態でもない限り、宝石泥棒でも企画した方が遥かにマシというものだ。

 都市伝説の常として、この話に具体的な出典が示されることはない。元々無茶な話であることも考慮すれば、本件が単なる都市伝説であるのは明白である。

■ オルレアンの噂

 都市伝説全般に言えることであるが、この話がいつ、どこで発生したかをつきとめるのは大変難しい。しかし明らかにこの話に影響を与えたと思われる同様の話がフランスに存在している。

 オルレアンの町にある複数の衣料品店で、若い女性が次々と姿を消している。その店はいずれもユダヤ人の経営する店で、彼らは試着室に入った女性に麻酔薬を嗅がせ、地下に張り巡らされた通路を通して外国の売春宿に売り飛ばしているのだという。

(エドガール・モラン『オルレアンのうわさ』を元に筆者が概要を作成)

 

 一読してわかるように、日本の「客の消えるブティック」と瓜二つであり、両者が無関係であるとは到底考えにくい。「客の消えるブティック」の舞台にはパリが挙げられることもあるのだから尚更である。

 この話は通称「オルレアンの噂」と呼ばれ、ジャンヌ・ダルクで知られるフランスのオルレアンの町で1969年の5月から6月にかけて爆発的に広まったものである。単なる噂にしては細かく時期が特定されているのは何故かというと、エドガール・モランを中心とするフランスの社会学者のグループによる克明な調査によって、噂の発生源から終息に至るまでの経緯が明らかにされているためである。その調査結果についてはこの場では割愛するが、『オルレアンのうわさ』という古典に結集しているので、興味のある向きは一読されたい。文章が大仰で冗長(注2)という難はあるが、社会学・民俗学の名著である。

 日本の「客の消えるブティック」の発生年は不明だが、1989年2月9日に発行された『女性セブン』に「恐怖怪異談」と題して、「デパートの試着室から24才OLが消えた!」という記事が掲載されている。また、漫画「シティーハンター」の第1巻、「闇からの狙撃者! の巻」には、落とし穴を用いて試着室から女性を誘拐する人身売買業者が登場する。これは1985年の週刊少年ジャンプに掲載された話である。それ以前の出典は残念ながら筆者は掴めていないが、発生は恐らく80年代前半ではないかと考える。「客の消えるブティック」の話自体は大変シンプルな筋書きゆえ、フランスと日本とで別個に発生したという可能性も無くは無いだろうが、1969年に発生した「オルレアンの噂」が日本に伝わったと見るのが自然であろう。

 単に試着室から女性が消えるというだけの話であれば、出典を巡る謎はこれで一件落着であるが、日本の「客の消えるブティック」には「ダルマ女」という新たな要素が加わっている。この要素はどこから来たのであろうか。ここで興味深いのは「灯台鬼」という話である。

■ 灯台鬼

 13世紀には成立していたと考えられる日本の軍記物、『源平盛衰記』に、以下のような話が収録されている。

 昔、「軽大臣(かるのおとど、かるのだいじん)」という日本人が、遣唐使として中国にわたったきり、行方不明になった。息子の「弼宰相(ひつのさいしょう)」は、父の消息を探すため、中国へ渡った。彼は中国のとある場所で、「灯台鬼」を見た。これは「人間燭台」のことである。頭に大きなロウソクを載せる台をしつらえ、体中にびっしり入れ墨をほどこされ、薬で喉をつぶされた灯台鬼は、弼宰相の姿を見るとポタポタと涙を流し、声を出せないので指先を歯で噛み切り、次のような漢詩を書いた。

  我元日本華京客、汝是一家同姓人。

  為子為爺前世契、隔山隔海変生辛。

  経年流涙蓬蒿宿、遂日馳思蘭菊親。

  形破他郷作灯鬼、争帰旧里寄斯身。

 弼宰相は、目の前の灯台鬼が、自分の父親の変わり果てた姿であることを知り、愕然とした。

Wikipedia 「灯台鬼」 の項から引用(2011.9.25閲覧)

 行方不明になった人間が人体改造を施された無残な姿となって知人の前に姿を現すという展開は「ダルマ女」を思わせる。

 こうしたことから、「オルレアンの噂」が日本に流入して「客の消えるブティック」となり、「灯台鬼」のモチーフと合体して「客の消えるブティック(ダルマ女ver)が誕生した……と考えるのは容易い。しかし、「灯台鬼」と「ダルマ女」は展開の点で確かに似てはいるものの、「オルレアンの噂」と「客の消えるブティック」程の類似性はない。それに、「ダルマ女」は言ってみれば手垢のついた話である。かつて実際に見世物小屋で四肢を失った人間が興行を行っていたという事実(注3)が存在するうえ、四肢を切断されて辱められる女性というモチーフは、司馬遷の『史記』に既に登場しており(「呂后本紀」)、さらに一部にはそうしたダルマ女を愛好する趣味の人々もいる位だからである(注4)。

 「ダルマ女」の着想に必ずしも「灯台鬼」は必要でない。両者は関係あるのかもしれないが、現段階では類似性を指摘できるのが精々であり、今後の更なる研究を要しよう。

■ 試着室という場所

 消えるヒッチハイカーの項において、失踪譚における「隠す」ことの重要性を指摘した。この「客の消えるブティック」もまさに人が「隠れる」ことが重要な要素となっている。目の前で女性が試着室に入り、カーテンを閉める。これは人体消失の奇術の舞台と瓜二つである。一時的に視界から消えることの不安が、本当に存在そのものが消えてしまう恐怖を連想させるのだ。

 加えてブティックの試着室というのは、他者が管理する場所であり、自らの力の及ばない場所である。そのような場所でたった一人、しかも着替えのために無防備な姿となる。この試着室という空間が人に潜在的に抱かせる不安感こそが、「客の消えるブティック」という神話の源泉ではないだろうか。現代社会の近代的なビル街のただ中で、人は薄いカーテンの向こうに異界を見るのである。



(注1)
 このパターンについてはいわゆる「学校の怪談」を扱った本で見た記憶があるが、これを書いている現時点では出典が示せない。どなたかご教示いただければ幸いである。

(注2)
 モランが「一つのうわさ、一陣の空想……サイクロンなみの低気圧……自由に解き放たれたうわさとそのうわさが引き起こした様々な抑圧的要因との騒然としたぶつかり合い、絶えまない連鎖作用(と反作用)によって、町を形作るあの不思議な存在の全神経をかき乱した大渦巻き」」と仰々しく表現している個所を、『消えるヒッチハイカー』のブルンヴァンが『赤ちゃん列車が行く』で、要は「うわさが広まった」ということだと一蹴していて可笑しい。オルレアンの事件ではユダヤ人差別という恐ろしく根の深い問題が絡んでおり、市当局をも巻き込む騒動になったため、モランも気軽に問題に取り組むわけにはいかなかったという事情はあるのだろうが、ブルンヴァンが突っ込みたくなる気持ちもよくわかる。

(注3)
 日本では中村久子、海外ではプリンス・ランディアンといった人達が有名である。

(注4)
 「ダルマ女」で検索すればわかる。敢えて紹介はしない。


【参考文献等】

○ エドガール・モラン 『オルレアンのうわさ』 杉山光信訳、みすず書房、1973
○ ジャン・ハロルド・ブルンヴァン 『くそっ! なんてこった』 行方均訳、新宿書房、1992
○ ロルフ・ヴィルヘルム・ブレードニヒ 『ジャンボジェットのネズミ』 池田香代子・鈴木仁子訳、白水社、1993
○ 北条司 『シティーハンター 1』 集英社〈集英社文庫〉、1996
○ ジャン・ハロルド・ブルンヴァン 『消えるヒッチハイカー』 大月隆寛・菅谷裕子・重信幸彦訳、新宿書房、1997(新装版)
 ジャン・ハロルド・ブルンヴァン 『赤ちゃん列車が行く』 行方均訳、新宿書房、1997
○ 世界博学倶楽部 『都市伝説王』 PHP研究所〈PHP文庫〉、2007
○ 現代ふしぎ
調査班 『都市伝説 信じたくない恐怖』 河出書房新社〈KAWADE夢文庫〉、2008
○ Wikipedia 「忽然と客の消えるブティック」、「だるま女」、「灯台鬼」の項(全て2011.9.25閲覧)
 現代伝説考 (2011.9.25閲覧)

(2012.1.29追記)
 『ピアスの白い糸 日本の現代伝説』(池田香代子、他、編 白水社 1994)によると、パリのブティックで客が消えるという話は70年代の始めごろから聞かれだした話だという。残念ながら同書にははっきりした出典は示されていないが、日本における「客の消えるブティック」の発生は、上記自説の80年代よりも大幅に過去に遡りそうである。ただしこれが「ダルマ女ver」となったのがいつであるかは、まだ大いに考察の余地があろう。




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